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原体験に訴える素材とデザインを求めて

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原体験に訴える素材とデザインを求めて – we+
三井化学が開発した高親水性のコート材料によって、アクリル板の下面に規則的な水の溜まりをつくり出し、葉先の朝露のような儚さと緊張感を表現している。アクリル板は、ワイヤーシステムによって吊られており、水平に保たれている(撮影/林雅之)

原体験に訴える素材とデザインを求めて

林登志也氏は、安藤北斗氏と共に立ち上げたwe+について、「新しい視点と価値にかたちを与えることをコンセプトに活動しているデザインスタジオ」と定義する。最近はR&D(リサーチ・アンド・デベロップメント)にも力を入れており、we+自身で、また企業と協働して「使い方のわからない新たな素材」の在り方を考え、コンセプトモデルを構築する活動をしている。素材を考え、探し、何かのかたちにすることを、日々実験しながら進めていく。今回は、その過程でワイヤーシステムを活用したプロジェクトについて話を聞いた。

自然現象から心惹かれるエッセンスを引き出す

we+は、新しい価値を探すため、これまでのデザイン思考になかった要素をふんだんに採り入れていく。林氏は、「デザインのメインストリームを『幹』とするなら、そこからいかに『枝葉』をつけ
ていけるかを考える」と言う。
「例えば、家具をデザインするならば、量産でなく、リミテッドかワンオフでつくったものをギャラリーを通して販売する。また空間デザインならば、インスタレーションというかたちで、従来にない表現を追求する」(林氏)
2017年に発表したインスタレーション「CUDDLE」は、アクリル板の下面に水滴を溜め、天井からの光を介して、水滴の揺らぎや煌めきを可視化するという作品である。安藤氏は、「眺める人が水にのみフォーカスできるよう、構造体を可能な限りシンプルにしたいと考え、アクリル板にARAKAWA GRIPを組み込んだ」と説明する。
「CUDDLE」をはじめ、we+の作品は、抽象度が高く哲学的なものを感じさせる。自然現象を活用したものが多く、それらは現象そのものの再現を試みているように感じる。安藤氏は、「作品に共感してもらうためにはどうすれば良いかを試行錯誤する中で、原体験の共有が大きな働きをするのではないかと仮定した」と語る。
「例えば、地平線から現れる朝日や煌めく水面の美しさは、世界中の誰もが感じるものだろう。この感覚は、太古から脈々とDNAに刻まれた、本能に近いものかもしれない。そういう原体験を作品に取り込みたいと考えた」(安藤氏)
林氏も「自然現象をそのまま目の前に提示しただけでは伝わらないものがある。われわれが何に惹かれているのかを考え、その現象を最も強く引き出す」と続ける。
「そのために色々な変数を整理し、時にはテクノロジーで補強しながら、表現を進めていく」(林氏)

原体験に訴える素材とデザインを求めて – we+
極細のワイヤーに貫かれた直径約210 ㎜の和紙を並べ、それぞれの下部に小型サーキュレーターを設置。送風を制御することで、さまざまなふるまいを見せる(撮影/村瀬健一)

コントロールできるものとできないものの間で

資生堂本社のウインドウディスプレイ「Beauty Innovation 2020」は、風を使った作品である。数十台ものサーキュレーターによる風を制御し、無数の円形の和紙が舞い上がる。和紙の中心にはワイヤーを通しており、真上に浮かび、元の状態に戻るよう設計している。
ただ安藤氏は、「自分たちの中では、制御されきったものへの興味が薄く、動きの不確実性のようなものを表現したいと考えた」と語る。
「風と風がぶつかり合うことで、和紙がうまく飛ばなかったり想定外に飛び過ぎたこともあったが、その不確実な動きこそが興味深かった」(安藤氏)
林氏も、「精緻につくるほど、変数が際立つ部分がある」と言う。
2022年にテキスタイルデザイナーの須藤玲子氏が京都で開催した展覧会「KYOTO nuno nuno」では、会場構成を担当。布の見せ方に対する通念をダイナミックに変えるべく、テキスタイルを張った大きなキューブを天井から吊り、ゆっくりと回転させた。安藤氏は、「身にまとったりもする布は、常に動いているものでもあることを基点に考えた」と言う。
「訪れた人が布の森に包まれるような感覚になることを意図した」(安藤氏)
林氏は、「回転させることでテキスタイルに当たる光や影の様子を変え、表情の豊さをより際立たせている」と付け加える。回転するスピードは、モーターにより一定になるようにしている。

重力への抗い

今回、紹介したどの作品も、自然現象がもたらす不確実で予想できない表現が試みられている。その上で、ワイヤーシステムが持つ堅実性を通して、心地良い刺激がもたらされているように感じた。
we+の空間には、見る者を没入させる魅力がある。そのためにワイヤーシステムを有効に活用しており、林氏は「これからも世界を舞台にそういう空間づくりを拡張していくことを考えている」と語る。また安藤氏は、「浮遊への憧れは原初的なものかもしれない」と言う。
「端的に言って、建築家が重力に抗って仕事をしているとすれば、ワイヤーシステムはそうした浮遊のデザインやものづくりを後押しする強力なツールになるのではないか」(安藤氏)
そもそも人類の文明は、重力に抗うかたちで進化してきたと言えるだろう。その意味では、浮遊物をプレゼンテーションするための有効なツールが人間の最も原初的な欲動を満足させるのに欠かせない物であることは間違いない。

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リサーチと実験に立脚した手法で、新たな視点と価値をかたちにするコンテンポラリーデザインスタジオ。林登志也と安藤北斗により2013年に設立。利便性や合理性が求められる現代社会において、見落されがちな多様な価値観を大切にしながら、自然環境や社会環境と親密な共存関係を築くオルタナティブなデザインの可能性を探究している。デザイナー、エンジニア、リサーチャー、ライターといった多彩なバックグラウンドやスキルを持つメンバーが集い、日々の研究から生まれた自主プロジェクトを国内外で発表。そこから得られた知見を生かし、R&Dやインスタレーションをはじめとしたコミッションワーク、ブランディング、プロダクト開発、空間デザイン、グラフィックデザインなど、さまざまな企業や組織のプロジェクトを手掛けている。近年は、自然と共に暮らしてきた歴史を学び、自然現象の移ろいやゆらぎを生かすことで、自然と人工が融合した新たなもののあり方を模索する「NatureStudy」や、都市が生み出す廃材を土着の素材と見立て、複雑になりすぎたものづくりの原点を考察する「UrbanOrigin」といったリサーチプロジェクトにも力を入れている。(撮影/小山志麻)

https://weplus.jp/

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