
目利きから伝わる「逸品」の情報
1969年に東京工業大学大学院の清家清研究室からヨーロッパへ飛び出した私は、1972年に縁あって建築家ユニット、ピアノ&ロジャーズの「ポンピドゥー・センター」の実施設計チームに参加。完成後の1977年にレンゾ・ピアノの設計事務所の設立に参加し、そこで働くことになった。レンゾをはじめスタッフや環境とも呼吸が合い、気がつけばシニアパートナーとして現在まで長く貢献してきたと自負する。
私と荒川技研工業の出会いを思い起こせば、1990年代初期にレンゾの次男、マッテオ・ピアノを中心とする工業デザイングループがイタリアの照明器具メーカー「iGuzzini(イグッチーニ)」とライティングプロダクトを共同開発していた時のことだ。ワイヤーを必要とする製品を出すと言うので、iGuzziniの技術者、フランコ・ニバルディに荒川技研工業の製品を紹介したのが始まりだった。同社のパーツは、照明のアタッチメントとして的確に機能した。
荒川技研工業の製品情報については、槇文彦設計事務所から教えてもらっていた。優れたマテリアルの情報は、目利きの内輪から伝わるものである。その後、荒川技研工業の製品は、イタリアでもハイエンドなパーツとして広く認識されたことは言うまでもない。〈文責/高橋正明〉