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主と従の関係性の逆転

鬼木 孝一郎

主と従の関係性の逆転 – 鬼木 孝一郎
ワイヤーに対してシンプルな規則を設けることで、空間に多様な曲面を生み出していった。鬼木氏は、「位置がずれると綺麗な曲線にはならないため、施工の難易度が高かった」と振り返る(撮影/太田拓実)
主と従の関係性の逆転 – 鬼木 孝一郎
インスタレーション「CORD/CODE」を見上げる。最下部に8本のワイヤーをグリッド状に組み、2度ずつ時計回りに回転させながら、46層重ねるシンプルな構成。それぞれのワイヤーは壁面にビスで留められている(撮影/太田拓実)

紐に対してルールを与え 空間の表現を生む

「このギャラリーは、天井の低い空間の中で一部が二層吹抜けになっており、最も高い所に大型のミラーを貼って実際より高く見せている。作品を手掛けるにあたって、このミラーをどう活かすか。上空で何かが起こっている状態をどう表現するかを起点にデザインを進めた」
空間に何かを吊るすことで面白さを生み出し、かつブランドらしさを演出することを想定しつつ、吊るものと吊られるものの関係性を問い直した点が画期的だ。「吊られるものが主体であり、吊るものはそれを可能にするだけのものという通念を変える」ことを考えたと言う。その結果、主従関係にある二つのものを分けて考えずに、「ワイヤーそのものだけで見せるものをつくる」ことに落ち着いた。
具現化をスタディーしたところ、ステンレスワイヤーでは自重によりたわむため、長い距離をつなぐのは難しいことが判明。樹脂製のロープを張ることになった。
模型を見るとわかるように、コード(線)の4本×4本がグリッドのひとまとまりを構成しており、それらが2度ずつ回転しながら45 ㎜ずつ上昇していく。一見、複雑な三次曲面のように見えるが、実は一つのグリッド状のものが回転しながら46層を重ねていくシンプルな構造である。鬼木氏は、作業しながら、学生時代に好きだった数学のフィボナッチ数列を思い出したと言う。
展示タイトルの「CORD/CODE」にある二つの英単語は、どちらも「コード」と発音するが、「CORDは紐などを、CODEは規則やルールを意味する」と説明する。つまり、紐に対してルールを与え、空間の表現を生むことができないかが追求されているのである。鬼木氏は「美しさの基準とされる黄金比のように、数学的には単純なルールでありながら、それによってでき上がったものは自然界にそのまま見いだされ、人はそれに美を感じる」ことに、不思議さを感じると言う。機械的で単調な数学のルールで複製されていく事物とその美が、このインスタレーションの核である。

主と従の関係性の逆転 – 鬼木 孝一郎
座面の形状は、座る人により異なる。それぞれの「CORD(紐)」に、人体に寄り添うような「CODE(規則)」を与えることを意図した(撮影/林雅之)
主と従の関係性の逆転 – 鬼木 孝一郎
「CORD/CODE チェア」のディテール。142本のワイヤーで6面の曲面を構成し、それらが重なり合うことで人が座れる面を生み出している(撮影/林雅之)

人体に寄り添うコードで形成する

考察を重ねる中で、「線のスタディーを続けているうちに、線の中に座れたら気持ちが良さそうだ」というアイデアが浮かんだと言う。
「空間での線のコンセプトの一部を切り取り、イスに当てることとした」
イスの場合、空間よりも人の身体に寄り添っていくイメージでつくられているので、「空間の場合ほど単純なルールになっていない」と言う。イスのステンレスワイヤーは、横から見るとわかるように、基本的にすべて水平に張られており、ワイヤーが変化しつつ背もたれや座面を形成するなどして、人体に寄り添うようなコードが与えられている。なお、ワイヤーを主体につくり出される曲面を見せるため、イスの素材には透明なアクリル板が用いられた。
職業柄、美とは何か自問自答することがあるという鬼木氏は、人に共感してもらえる美について、そしてそのヒントを与えるものについて、常に考えていると言う。また、商業インテリアの空間では、浮遊感のあるものが好きだと語る。
「重力から解放されたようなものが、空間の中につくれたら面白い」ショップのデザインで重要なのは室内に入った時の驚きであり、訪れた人の心に感動と共にブランドを刻み込むことが理想と考えている。

主従逆転の発想により 新たな価値を生み出す

「ステンレスワイヤーとグリップを使ってみて思ったのは、強度と繊細さ」
ワイヤーは何かを吊るすために用いられることが多いだろうが、前述のとおり、「CORD/CODE」はワイヤーを主体にしており、その主従逆転は今の時代に合っていると鬼木氏は言う。
「空間を構成する時、下地があって仕上げがあるというのが通念だと思うが、この展示では下地をそのまま仕上げにしているとも言える。要素を減らすことで、豊かさや新たな価値を生み出せる」
空間の下地やスケルトンの状態をより美しく見せたいし、ワイヤーのような従来なら脇役と見なされていたようなものにも主体になる使い方がある。そのことを、鬼木氏の作品は端的に示している。
そうした主客転換のためには、どんなアプローチがあるだろうか。
「例えば、金属の着色方法は日々進化しているので、ワイヤーにも着色するなり個性を持たせることで、主体になった時により豊かな要素となりうる。そういうデザインができたら」と鬼木氏。実際にリサーチもしていると言う。
このアプローチが当てはまる範疇は、デザインとマテリアルに限らない。消費者の関心は食品ならば生産者にまで及び、衣服ならファブリック、さらには糸にもフォーカスが当たるというように、さまざまな生活の局面で人々の物の見方が変わりつつある。鬼木氏は、SDGsもこうした時代の文脈に沿ったものでないかと指摘する。ワイヤーやグリップというシンプルなシステムの一つにも、時代とデザインや機能、素材そのものについての深い考察の一端が垣間見られた。

鬼木 孝一郎

鬼木 孝一郎

鬼木デザインスタジオ

1977年東京都生まれ。早稲田大学にて建築を学んだ後、組織設計事務所の日建設計に勤務。その後、有限会社nendo入社。10年間に渡りチーフディレクターとして国内外の空間デザインを手掛ける。2015年、鬼木デザインスタジオを設立。2017年、株式会社鬼木デザインスタジオに組織変更。建築、インテリア、展示会の空間デザインを中心に
多方面にて活動する。

https://oniki-design-studio.com/

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