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偏在するワイヤーシステムが空間をつくり出す

吉添裕人

ubique – 吉添 裕人
「ubique(ウビークエ)」は、荒川技研工業の創業50周年を記念し発表されたインスタレーション。ワイヤーシステム「ARAKAWA GRIP」と一体化した照明器具のデザインおよび会場構成を手掛けた空間デザイナーの吉添裕人氏は、「ワイヤーシステムの機能美や佇まいにフォーカスが当たる光を考えた」と語る

偏在するワイヤーシステムが 空間をつくり出す

荒川技研工業が2023年9月5日に50周年を迎えたことを記念して、本社3階の「TIERS GALLERY」で空間デザイナー・吉添裕人氏によるインスタレーション「ubique」が発表された。コンセプトは、「遍在」。ワイヤーシステム「ARAKAWA GRIP」の機能美と佇まいそのものにフォーカスした空間が構築された。
会期中には、吉添氏と、同展のグラフィックを担った前島淳也氏、ディレクションを手掛けた秋山かおり氏、荒川技研工業代表の荒川創氏によるトークイベントを開催。「遍在を見つめる」をテーマに、話の内容は多岐に及び、ものづくりの真髄が見えてきた。ここでは、その内容の一部を紹介する。

ubique – 吉添 裕人
「TIERS GALLERY」を舞台に、マテリアルが持つ力強くも繊細な美しさを直接的に引用すると同時に、工場の風景や製造過程にインスピレーションを得て、空間を構築していった。展覧会名の「ubique(ウビークエ)」は、ラテン語で至るところに存在するという「遍在」を意味する。ARAKAWA GRIPのその立ち居振る舞いを体現する言葉として、名付けられた。

機能美や佇まいにフォーカスする

これまで吉添氏は、かたちがなく流動的で不完全なエレメントをモチーフに、さまざまな作品やプロダクトを手掛けてきた。「存在感を見せない美学」を感じさせる同社製品とは、親和性が高かったようだ。
「このギャラリーの建築の佇まいにふさわしく、作品を含めて空間全体が50周年を祝う展示になればと考えた。製品やパーツ、空間そのものの良さをできる限り活かし、照明計画や展示構成などの検討に専念した。また、荒川技研工業の製品は、ワイヤーをどう張るか、どう掴むかを突き詰めた結果、あらゆるところに使える、稀有な建材になっている。何かをたくさん吊るようなアイデアもあったが、普段は見えていなかったところにフォーカスするだけで説得力のあるものを表現できると感じた」(吉添氏)
今回、ディレクションを担った秋山かおり氏は「吉添さんは早い段階で展示のコンセプトを決めており、グリップだけが輝くものにしたいと語っていたことが印象的だった」と言い、主催した荒川創氏は「このギャラリーで、ここまで展示物が少ないイベントはなかったように思う。しかし、吉添さんがつくってくれた『空気』で満たされているように感じる」と続けた。

ubique – 吉添 裕人
左) ARAKAWA GRIPは、普段は「見えない美学」に則り、存在感を抑えながら使用されることが多い。しかし今回のインスタレーションでは、光を介してしっかりとディテールまで見せるように表現。また、影を介して、空間の広がりを感じさせている 
右)ARAKAWA GRIPや今回の照明器具のパーツである、ローレット加工が施された真鍮製バー。吉添氏が荒川技研工業の工場を訪れた際に見つけ、マテリアルの美しさが商品にも現れていることを知ったと言う

デザインの領域を超えていく

吉添氏は普段、都市開発やホテル開発、特殊造形などの仕事に取り組んでいるが、今回のように個人名での活動も展開している。例えば、ポータブルライト「hymn」は、サローネサテリテでプロトタイプを発表し、照明メーカーのAmbientecで商品化された。
今回のインスタレーションのグラフィックを手掛けたのは、武蔵野美術大学在学時からの付き合いで、「hymn」のロゴデザインも担った前島淳也氏だ。前島氏は、「グラフィックデザインは、プロジェクトに先行して動く仕事が多い。今回も早い段階から話を聞いていた」と語る。
「何もものがない時点で、『光をテーマにしたい』という概念的な話を聞いていた。そのような内容を事前に聞けることはとても嬉しく、クライアントであれ、クリエーター同士であれ、協働するという考え方が大事だと思う」(前島氏)
2人は対話を重ね、吉添氏が工場で関心を持った素材の素晴らしさなどを共有。前島氏は、「グラフィックを手掛ける上で、作品の概念を落とし込むことを第一に心掛けると共に、展示空間での見え方も重視した」と言う。
「過去には、地域全体に影響を及ぼすグラフィックを手掛けたこともあった。グラフィックの仕事は2次元にとどまらず、その先に造形や空間、環境があるということを常に考えている」(前島氏)
吉添氏は「自分の作品の特性をよく理解してくれた上で、空間を凛とさせるようなグラフィックを提案してくれた」と感謝する。
「短期間に集中して内容を詰めていく中で、彼の瞬発力が空間の解像度を上げてくれたように思う」(吉添氏)
2人の関係について、秋山氏は「グラフィックの域を超え、パンフレットを置く場所やバナーの位置の微調整などについて細かく語り合っていたことを思い出す。4日間の設営作業で密なやりとりを重ねる様子を見て、羨ましく感じた」と語る。

ubique – 吉添 裕人
左) グラフィックは前島淳也氏と共に手掛けており、パンフレットは壁面に立てかけたボードと「ARAKAWA GRIP」により引っ掛けられている。その設置方法は吉添氏と前島氏の協働により具現化していった 
右) 会場構成も吉添氏が手掛けている。訪れた人々は、点在する光に吸い寄せられるように奥へと向かい、作品のディテールを見ようと顔を近づけると、近くに製品のパーツや製作時の端材、道具などが設置されていることに気づく。会場全体を眺めることで、ワイヤーシステムの魅力と共に、荒川技研工業のメーカとしての姿勢を実感してもらうことを意図した

「ないもの」を共につくる

「ないもの」を共につくる初日を迎える前に、支社や事業所のスタッフを含めた全社員が集ってのお披露目があった。荒川氏は、「製造を担うスタッフが魅力的なプレゼンテーションに出会えることは希少であり、企業として大切な機会になった」と言う。
「普段は黒子という意識で切削や組み立てなどの製造に携わる社員にも、きちんと展示された製品を見てもらえ、皆で話が盛り上がり、社内行事としてもありがたい時間となった」(荒川氏)
吉添氏も「どの仕事もそうだが、特に空間に関わる仕事は、一人でできるものではない。今回、設営を手伝ってくれた人たちも含め、関係者全員に感謝している」と語ると共に、「インスタレーションを通して、荒川技研工業の製品に触れたことがない人にも、一度使ってみたいという気持ちになってもらえればという思いも込めている」と言う。その上で荒川氏も、「『ともにつくるのは見たことのない世界』という企業コンセプトを体現したイベントとなったのではないか」と語った。
「『ないもの』をつくるにはニーズが必要であり、それを一緒に考える人がいて、初めてものができ上がる。今回のインスタレーションは、会社が主眼に置く『共創』を体現する空間になっていることを嬉しく思う」(荒川氏)

吉添裕人

吉添裕人

Yoshizoe Hiroto

武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。乃村工藝社を経て独立後、都市開発や商業施設開発、ホテル開発などの空間デザインを主軸としたクライアントワークに従事する。その経験は2017年より開始した個人的な制作活動に影響を与え、人間と空間のインタラクティブな関係構築を重視した独自の制作プロセスを形成している。自然風景や現象、素材などプリミティブな要素からインスピレーションを受けると同時に、自身のアイデンティティーと密接につながりを持つ日本の文化背景や宗教観と通る「変化」「動き」「時間」といった不完全で流動性のあるテーマを探求している。
「PIXEL」(2017年)、「hymn」(2021年)をはじめとする発表作品で多くの受賞歴があり、日本、イギリス、イタリア、アメリカ、ブラジル、中国など各国で作品を発表。空間領域から広がるさまざまな分野での活動を続けている。京都芸術大学非常勤講師。
HUBLOT DESIGN PRIZE 2022 Finalist( UK)、ELLE DECO International Design Awards-EDIDA 2022 Best in Lighting Nominated by Japan Edition( JP)、dezeen Milan Design Week2018 Lighting Design TOP10( UK)、dwell 24 selection( US)、LEXUS DESIGN AWARD 2017 Grand Prix( IT)、LEXUSDESIGN AWARD 2016 Finalist( IT)など受賞多数。

https://www.hirotoyoshizoe.com/

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