from GRIP  01  /  Hikalu Tanabe, Asao Tokolo, Izumi Okayasu

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クリエイターのためのギャラリー作り

田邊曜 / 野老朝雄 / 岡安泉

クリエイターのためのギャラリー作り – 田邊 曜 / 野老 朝雄 / 岡安 泉
荒川技研工業本社のファサードには、野老朝雄氏のデザインにより、幾何学的なパターンでワイヤーが張られている(撮影/平賀哲)

クリエイターのためのギャラリーづくり

東京・表参道は、世界の建築家によるスタイリッシュなブランドショップが立ち並ぶ、流行の先端を示すネイバーフッドの一つ。そのメインストリートから少し入ったところに立つ荒川技研工業の本社は、ショールーム「TIERS」を兼ね、3階はクリエイターのためのギャラリーとなっている。2017年11月にオープンしたこの建物には、建築家の田邊曜氏、美術家の野老朝雄氏、照明デザイナーの岡安泉氏のコラボレーションによって、知見と創意のエッセンスが凝縮されている。田邊氏の設計による建築は、アメリカやドイツ、香港など国内外のアワードを受賞。細部のデザインや
ライティングには野老氏と岡安氏ならではの工夫が活かされ、建築の機能と魅力をより強きょうじん靭なものとしていることにも注目すべきだ。彼らに再びギャラリーに集まってもらい、空間の魅力や同社のプロダクトについて聞いた。

クリエイターのためのギャラリー作り – 田邊 曜 / 野老 朝雄 / 岡安 泉
1階が事務所、2階右側がショールーム、2階左側および3階がギャラリーになっており、ウッドデッキの大階段を介して各階へ移動する。ワイヤーが生み出す表情は、日差しの変化により変わっていき、空間の内外に新たな関係をつくり出していく(撮影/平賀哲)

訪れた人々を出迎える大階段

この敷地にはもともとクリニックが立っており、その一部に荒川技研工業のショールームがあった。クリニックの建て替えに伴い、同社の建物が独立して計画されることとなり、設計に若手を起用しようという施工会社の意向からコンペが開催された。これを勝ち獲った田邊氏は、毎週のように提案を行い、クライアントと協議。表参道を歩く人々が自由に訪れたくなるような、開かれた建築をつくることがテーマとなった。そして、オフィスとショールーム、ギャラリーという三つの機能を持つプログラムを練り直すなどして、現在の案に決まった。
傾斜のある表参道の地形を踏まえ、正面に大階段を設けて人々を自然に誘導するというコンセプトで進めることになったが、大階段はその上下の空間を閉ざし、それぞれを分離してしまう可能性がある。そこで、ギャラリーに箱状の空間および開口部を設け、外部と内部を連続させることにした。また、このダイナミックな大階段を正面に設けるにあたって、「建物の『顔』をどうするか」が課題になり、田邊氏は荒川技研工業の製品を使うことを考えた。「ARAKAWA GRIPの特徴は以前から知っており、機能性はもちろん、デザイン性の高さにも惹かれていた。これまでの設計でワイヤーの手すりなどを採用した経験があり、今回はファサードにも何らかの形で使ってみたいと考えた」(田邊氏)
緩やかに街と連続するアプローチとするため、正面は少しセットバックさせ、手前にテラスを設置。建物をカルバート(暗あんきょ渠を構成するコンクリート製構造物)のような形状にして、セットバック部分に「緩衝材」となるワイヤーを張り、半外部的な空間をつくることを構想した。

内外の関係をつくり出すワイヤーメッシュ

その頃、野老氏と話す機会があった田邊氏は「ファサードをさらに魅力的にしてもらうことを考えて作品を依頼した」と振り返り、野老氏は「田邊さんとのコミュニケーションはとてもスムーズだった」と続ける。
「誰にでも、幼少時に小さな金属をめでる感覚ってあると思う。もともと建築を学んできた者として、これだけの空間にそういうものを反復して使えるのも、ここならではのことと魅力を感じた。田邊さんには、『あの荒川さんだよね』とすぐに快諾を伝えた」(野老氏)
野老氏の提案は、「Ruled Surface(線織面)」という現象を表現するというもの。「Parallel / Woven(平行/織られた)」をキーワードとして、ファサードにワイヤーのメッシュを張った。「前面道路の幅はさほど広くないので、建物は通りからさまざまな仰角で見られることになる。またここは、内部からの太陽の見え方が抜群だ。内外の視線が遮られたり、遮られなかったり、太陽光も反射したり、しなかったりという建築の面白さが表現できると考えた」(野老氏)
田邊氏と野老氏は、紙製および木製の模型を制作してワイヤーメッシュの張り方をスタディーした。埼玉・所沢にある荒川技研工業の工場では、原寸大のモックアップの制作にも取り組み、照明も当てるなどして実験を繰り返した。野老氏は「やってみたらものすごく綺麗で、私の手を離れ、モノだけでもう完結したと思った」と語り、田邊氏は「スタディーを重ねる中で、荒川技研工業から『照明器具は今回のためのオリジナルを使用したい』という話があった」と回顧する。そして、照明計画と共に器具製作を手掛けるデザイナーとして、岡安氏に依頼するに至った。

クリエイターのためのギャラリー作り – 田邊 曜 / 野老 朝雄 / 岡安 泉
3階ギャラリーのオープニングイベントとして開催された「CONNECT」。岡安泉氏がギャラリーのために製作した、ディスプレイ什器一体型のスタンドライトが点在する(撮影/平賀哲)
クリエイターのためのギャラリー作り – 田邊 曜 / 野老 朝雄 / 岡安 泉
「CONNECT」2階の様子。大階段は1階から3階ギャラリー内へと連続する。階段の途中には踊り場を設置。開口部からはショールームエリアの様子が見え、ギャラリーの一部としても利用される(撮影/平賀哲)

ディスプレイと一体化したスタンドライト

岡安氏は、「ライティングにとって、ワイヤーは切り離して考えることができない存在だ」と語る。
「照明計画では、ペンダントライトをはじめ、さまざまなものを吊る。また、器具の荷重が知れている際、できるだけ小さくするために
ワイヤーを使うことがある」(岡安氏)
そんなことから、岡安氏は荒川技研工業と以前から縁があり、「照明の仕事を始めた頃から、何かにつけて荒川さんの製品は使ってきた」と語る。
今回のプロジェクトで思い出すのは、話し合いの初期段階で湧き起こった「天井に照明がなくても良いのでは」というアイデアだったと言う。実際にはダクトレールを設置することになったが、それは用途に合わせて補助的に使用するためのもので、基本的にはダウンライトがなくても良い空間にすることが、初期段階で田邊氏と合意された。田邊氏は、「照明計画についても早い段階から考察することで、良い設計に導くことができた。野老さんのファサードの模型ができた時には、すぐに岡安さんに見せ、その上で野老さんに再度相談したりと両者の間を行き来した」と語る。
ギャラリーは、階段の踊り場もユニークな使い方ができるなど、小さな街か街路のようなたたずまいを感じさせる。岡安氏がこのギャラリーのためにスタンドライトをデザイン。300 ㎜角のディスプレイ什器と一体化しており、空間と自然に調和している。また、このスタンドライトを点々と室内に配置するだけでも、空間の明かりが足りるように計画。配置の仕方によっては、動線の方向付けやエリアの区分も可能にすることを意図した。
「照明器具というものは、デザインした人やメーカーの名前が出てきてしまう。その印象を極力排除して、匿名性を持たせたかったので、『読み人知らず』な作品とした」(岡安氏)
その上で野老氏は、この什器照明を「岡安さん」と名付けて絶賛し、田邊氏も「展示台兼用の照明器具は、これまでなかったのではないか」と語る。岡安氏は、「このギャラリー空間の意味を知った時、手元や足元をどう照らすかを考えた結果生まれた」と振り返る。

ワイヤーシステムに触れ、 新たな使用方法を模索する

野老氏は、ギャラリーを見渡しながら、「久しぶりに訪れてみると、階段とか本当に良い感じになってきたな」と語る。こけら落としは、野老氏と複数のゲストがコラボレーションした「野老朝雄展CONNECT」だった。
「展示する側の人間として、ここでは展覧会を2回開かせてもらった。自分なりにこの空間を熟知しているつもりだが、毎回訪れる度に展示スペースへの認識と意欲を新たにしている」(野老氏)空間はシンプルでとても使いやすいホワイトキューブというわけではなく、展示者としての自分が試されるように感じ、色々と考えが湧いてくるのが素晴らしいと言う。
「展示のために毎日ここを訪れ、一日中いたこともある。刻々と季節や時間につれて変わっていく光や影に趣がある」(野老氏)
荒川技研工業のワイヤーシステムについて、野老氏は職能から何を考えるのだろうか。
「今回のファサードのためにデザインしたものは、角度のバリエーションを変えたりしながら、さらにアップスケールしてみたい。恒久的な作品をつくりたい」(野老氏)
ちなみに野老氏は、この建物のロゴマークや銘板の製作も担っている。また、「TIERS(段々)」と言う建物にぴったりなネーミングは、田邊氏によるものだ。
今やこのギャラリーは、デザイナーやアーティスト、学生、さらには国内外のブランドなど、幅広い層に展示空間として好まれている。出展者は皆、建築、内装、照明、プロダクトによって、展示すること、とりわけ展示物を吊ることについての理解と考えを深める機会になるだろう。「TIERS」は、彼らに荒川技研工業の知見が具現化された製品に触れると共に、製品の新たな活用方法を生み出す装置となっている。

田邊曜

田邊曜

田邊曜建築設計事務所

建築家。日本女子大学家政学部住居学科を卒業し、RenzoPiano Building Workshopにて研修後、早稲田大学理工学部修士課程を修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、2013年にhkl studioを設立。2017年、田邊曜建築設計事務所に改称。主な作品として、「旭町診療所」(2019年 千葉県建築文化賞受賞)など。「TIERS」では、iFDESIGN AWARD 2019やDFA Awards 2018 優秀賞、JCD Design Award 2018 Best 100、IDA Design Award 2017 銅賞を受賞した。(撮影/小山志麻)

https://hklstudio.com/

野老朝雄

野老朝雄

美術家。1969年、東京生まれ。幼少時より建築を学び、江頭慎に師事。2001年9月11日より「つなげること」をテーマに紋様の制作をはじめ、美術・建築・デザインなど、分野の境界を跨ぐ活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいた定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も手掛けている。主な作品として、東京2020オリンピック・パラリンピックエンブレム、大名古屋ビルヂング下層部ガラスパターン、TOKOLO PATTERN MAGNETなど。2016年より東京大学工学部非常勤講師、2018年より東京大学教養学部非常勤講師を務める。(撮影/小山志麻)

https://tokolocom.com/

岡安泉

岡安泉

岡安泉照明設計事務所

照明デザイナー。岡安泉照明設計事務所代表。建築空間やインテリアの照明計画、照明器具の設計、またインスタレーションなどで国際的に活動。照明計画でコラボレーションした建築家には、青木淳、伊東豊雄、隈研吾、山本理顕らがいる。また、ミラノサローネなどの展示会でインスタレーションも手掛けている。日本大学農獣医学部を卒業後、生物系特定産業研究推進機構を経て、照明器具メーカーに勤務。2007年、岡安泉照明設計事務所を設立。(撮影/小山志麻)

https://www.ismidesign.com/works/

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